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2022.10.28 建築の旅
チェニー夫人との逃避行を終えアメリカに戻ったライトは、叔母の伝手を頼ってウィスコンシン州マディソン郡郊外のスプリンググリーンに移り住みます。そこでタリアセンという自宅と事務所と建築学校が一体となったような施設を建て、再び活動を始めます。
2017年の秋、そのタリアセンを訪れました。
2017年の秋、そのタリアセンを訪れました。
11月の初旬、木々には白い花が咲いているように見えたのですが...
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なんと、すべて霜でした! 冬はとても厳しい土地らしいです。
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周りには建物が何もないような広大な敷地の中央にある丘を囲むように、さまざまな施設が建てられています。
その一部がライトの自邸となっています。
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インテリアはこんな感じ。ライトの暖炉はカッコいいなぁ。
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広いリビングルームの窓際は天井高が1900㎜くらいに低く抑えられていて、そこにさまざまな小さいコーナーがしつらえてあります。飽きることなく、いつまでも居続けでいたいと思わせるような空間でした。
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冬が寒いので、家中暖炉だらけ。どれもカッコ良すぎ!
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ここがライトのスタジオ。
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ライトの仕事机に自慢げに座る私。
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これはタリアセンフェローシップというライトと彼の弟子たちが主宰していた建築学校の校舎。この時期はスキャンダルの後で仕事が少なかったこともあり、学生を集めて授業料で稼いでいました。
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新たな地で再び精力的に活動をはじめたライトでしたが、ここで突然の悲劇に見舞われます。タリアセンが完成したばかりの1914年8月の白昼、ライトが留守の間に愛人のチェニー夫人、彼女の2人の連れ子、ライトの弟子4人の計7人が、気が狂った召使いに斧で惨殺され、建物は放火されて焼失するという衝撃的な事件が起こります。ライトは47歳でした。ライトやチェニー夫人の奔放な振る舞いが召使いの恨みを買ったなどの諸説はありますが、ライトは絶望し、再び渦中の人となってしまいます。
仕事も途絶え、再起不能と思われたライトですが、彼は忌まわしい記憶が残るその地にあえてとどまり、タリアセンを再興します。そして、約20年後の1936年、ジョンソンワックス本社と落水荘の二つの名作を完成させ、再び世界中から注目される建築家として返り咲きます。
どうですか、ライトの生き方。壮絶ですね。仕事にも女性にもこれほどの情熱がなければあれだけのものは残せないのかもしれません。
次回はそのジョンソンワックス本社がある、ラシーンに行きましょう。
(横内)
仕事も途絶え、再起不能と思われたライトですが、彼は忌まわしい記憶が残るその地にあえてとどまり、タリアセンを再興します。そして、約20年後の1936年、ジョンソンワックス本社と落水荘の二つの名作を完成させ、再び世界中から注目される建築家として返り咲きます。
どうですか、ライトの生き方。壮絶ですね。仕事にも女性にもこれほどの情熱がなければあれだけのものは残せないのかもしれません。
次回はそのジョンソンワックス本社がある、ラシーンに行きましょう。
(横内)